仏心のある生活(4)
ほとけとの出会い(1) (和顔愛語)
 大人は子供の心を“未熟なもの”と決めつけがちですが、
喜怒哀楽を感じとる心の目は
むしろ鋭いものがあると思います。
まして、幼い魂をゆさぶるような感動を覚えた事は、
生涯心から離れません。
 私が未だ小学生の頃、花の香りにつつまれた丁度今頃の季節でした。
遠足に出かけた江ノ電の中の出来事です。
車中で私は父から貰ったばかりの万年筆を得意気にいじっておりました。
ところが、突然インクが漏れ、事もあろうに前に座っていた年輩の御婦人の白足袋の上にこぼれたのです。

私は青くなりました。物が無かった時代です。
子供の私にも自分のしでかした事の重大さがわかっていました。
婦人はそれに気づいて前かがみになり、じっと足袋を見つめています。

 私はうろたえました。しかし逃げ出すわけにもいかず、覚悟を決めて「ゴメンナサイ」と頭を下げました。
おそるおそる頭を上げると、婦人も私を見ました。

そして目があったその時です。意外にも、その御婦人がにっこり微笑んだのです。
さらに金縛りの私を慰めるかのように、「よろしいんですよ」とやさしく声をかけたのです。
瞬間、私は許されたことに戸惑いましたが、やがて婦人の微笑みに胸が広がり、うれしさがこみ上げてきました。

 釈迦は、人に対する七つのほどこし(七布施)を説かれ、その一つに「和顔施」があると教えました。
後年、私がこの言葉を知ったとき、さっと胸に蘇ったのは、あの日の出来事でした。

すでに御婦人はこの世の人とは思えません。
しかし、行きずりのいたずら小僧の仕打ちに、許すことを教え、
和顔愛語で応えた婦人の施しは、今も私の心をともし続けています。



<仏心のある生活>

<トップページ>


 Copyright(c) 2012-2013 Housyuin All Rights Reserved.