仏心のある生活(3)

「無常観」

 

 今年も待ち焦がれた花の季節が巡って来ました。花といえば、何といっても桜ですが、一気に咲く華麗さと、
いさぎよく散るこの花の風情が、私達日本人の感性には特に響くものがあるようです。
 それは、美しくもはかない花のいのちに、私達のうつし世を重ね合わせて見る無常観がそうさせるのでしょうか。
 ところで無常観とは、仏教の根本思想の一つです。有名な「祇園精舎の鐘のこえ諸行無常の響きあり、
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現わす」の平家物語や、
「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の方丈記の底にあるものは、
いずれもこの無常観です。
 このように、古くからこの世の儚さを“もののあはれ”として捉え無常観を基調に据えた文学や詩歌は数限りなくあります。
しかし、仏教で言う本来の無常観は、これと少し異なり、詠嘆に留まる消極的なものではありません。
無常そのものは常住でないこと、つまりこの世のあらゆるものは一つ所に留まらず変遷するという事です。
そしてこの無常は、時に思いもよらぬ非常な現実となって私達の身の上に襲い掛かります。
そのような時、仏教は、ただ消極的に嘆き諦めてしまうのではなく、
日頃から因と縁によって生ずる無常の理をしっかりと見据え、
へこたれずに積極的に生きることこそ大切である、
明日をも知れぬ無常の世に身を置くからこそ一日一日のいのちは尊いと諭すのです。
 これが仏教の無常観であります。



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