宝珠院について

   地福山 宝生寺 宝珠院

 当山は地福山 宝生寺 宝珠院と称し、開山は隆成法印(天文二十二入寂)とあり、天文年間に創建された。また、寛永年間に地頭豊嶋信満が大檀那となり、堂宇を建立したと伝えられる。
しかし、寛永年間の創建との説もあり、詳しい縁起は定かでない。
 ご本尊様は大日如来である。創建時のご本尊様は地蔵菩薩で、その左手に持つ宝珠から寺号がついた。
現在も堂内に座像、立像、境内入口にも地蔵菩薩が祀られている。
 境内には大銀杏が中央にそびえ立ち、横浜市の名木に指定されている。
寺宝に、江戸時代に活躍した仏師、三橋薩摩の作で、その子孫三橋永助が修復した弘法大師像がある。
そのほか、東国霊場72番札所としての本尊大日如来や千手観音菩薩坐像、秘仏として聖天像、弁才天像がある。

 京都の仁和寺を総本山とする真言宗御室派の末寺である。

写真の寺号額は、「高野山 蓮華定院 添田隆俊大僧正」揮毫
  
 


 境内中央にそびえ立つ樹齢250年以上の銀杏。

昭和49年に横浜市の名木・古木指定。
    弘法大師像

この大師像は、当時の住職法印秀海が宝永二年(1705)鎌倉仏師 三橋薩摩の作。その後、子孫三橋永助が安永三年に修復し、天保五年に同名の子孫永助が修理を加えた。
天保年間修復時の体内納入銘札には
「天保五年三橋永助大師修繕ニ及時腹内ニ先祖永助再興之書付有り
仍ち此度損シ候間写しかへ置者也又右の此年大師千年忌舎利有て納置也」
とあり、平成二十三年の修復時に舎利一粒が納入されていることを確認。
(写真は修復前)

体内に2枚の銘札があり、施主名等が記してあり、代々檀信徒が大切に
この大師像を護ってきたことを伺わせる。

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